日光の歴史➖第2章

徳川家康公が自らの霊廟として日光を定め、そこに祀るように遺言を残しました。江戸時代には、各藩のk僧坊が建てられました。3代将軍、家光公は豪華な霊廟を建築して、それが現代では世界的に有名な観光地となり、世界遺産にも指定されるようになりました。
日光の歴史は徳川の歴史と言えるのでしょう。

西暦日光での出来事その他の出来事
1613年慈眼大師天海、日光山貫主となり、日光山を復興させる。1614年大阪冬の陣、1615年夏の陣
1616年徳川家康公 駿府で死去(4月17日)11月から日光で社殿の造営が始まる。戦国時代の完全終結。
1617年日光東照宮が完成し、久能山から家康公を移す。築地本願寺作られる。
1618年黒田長政 大石鳥居を東照宮に寄進する。 
1619年2代将軍 秀忠公、東照社の西に常行・法華両堂を移す。二荒山神社の本堂を造営する。紀州徳川家が誕生する。
1625年松平正綱 杉並木を植える。(20年かかる)毛利輝元亡くなる
1634年東照宮の大造営が始める。両口屋是清 創業。
1636年徳川家康公21回忌。伊達政宗 死去。
1640年春日局 東照社に参詣する。 
1643年慈眼大師天海 死去。春日局 死去。
1645年東照社の宮号が勅賜され、東照宮となる。豊臣秀頼の娘、天秀尼 死去。
1647年日光例幣使が制度化される。茶人 小堀遠州 死去
1650年酒井忠勝 東照宮に五重の塔を寄進する。尾張徳川家 初代 徳川義直 死去。
1651年徳川家光 死去。殉死者の墓碑を妙道院に立てる。由井正雪 慶安の変を計画。
1652年八王子千人同心 日光の火の番(日光勅番)を命じられる。 
1653年徳川家光の霊廟、大猷院殿が作られる。徳川家綱の母、お楽の方死去
1689年松尾芭蕉 日光を訪れる。長崎に唐人屋敷を造営する。
1816年東照大権現 200回忌を営む。11代将軍 徳川家斉
1868年(明治元年)旧幕府軍が日光で巻き返しを図るけど、板垣退助の努力で戦火を免れる。王政復古の大号令
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