別所跡

別所跡

東照宮より前の日光の時代は山岳信仰の聖地として、特に滝尾神社のあたりが賑わっていました。ですから、多くの修験者僧が修業するために「別所」と呼ばれる庵や仏堂を立てました。看板にも書いてあるように「ここより谷々を見下ろせば、院々僧坊およそ五百坊にも余りぬらん」とその繁栄ぶりがうかがえます。

「強飯式」もここで行われていました。

白糸の滝を過ぎて階段を上がっていきます。昔はここから見下ろすとたくさんの僧坊があったのでしょう

白糸の滝を過ぎて階段を上がっていきます。昔はここから見下ろすとたくさんの僧坊があったのでしょう。

日光山に古くからある、日光独自の儀式「強飯式」もここから始まったそうです。
「強飯式」は山中で修業している山伏達がご本尊に備えた「お供物」を里の人々に分け与えたことが始まりだということです。
要するに、神様、仏様に供えた貴重な食べ物を頂くと、ご利益があると考えられて儀式として発達していったのでしょう。

昔は滝尾神社の別当の別所がありましたが、今では建物の跡があるだけです。

昔は滝尾神社の別当の別所がありましたが、今では建物の跡があるだけです。

「強飯式」のご利益

「強飯式」のご利益はとても素晴らしいものです。輪王寺のホームページによると『この秘法を受けた者は、七難即滅・七福即生の現世利益疑いなし』ということです。
強飯式」に関しては、こちらのページをご覧ください。

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