日光の神社・寺院( 2 )

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二荒山神社にも「縁結びの笹」があり、夏には良い縁まつりも行われます。
良い縁まつり 縁結び の神様として有名な「二荒山神社」では、毎年夏から秋にかけて、「良い縁まつり」が開催されます。 短冊がたくさんかかった、大きな輪の中を3回くぐり、「良い縁」を得るとともに、嫌なことは書いて流すのだそうです。 以前、2011年に秋に日光に行った時は悪い事は水に流すという場所が「二荒霊泉」のそばにあって...
ナナと温泉神社へ
温泉神社 温泉神社は温泉を祀る神社で、日本は火山があちこちにあり、全国各地に温泉があるので、温泉のあるところには温泉神社があります。 日光開山の祖「勝道上人」は782年に男体山登頂に成功しました。その4年後に勝道上人は湯元温泉を発見しました。そこで、勝道上人は湯元温泉の見渡せる高台に温泉神社を建立して湯元温泉の守り神と...
日光開山の祖「勝道上人」が湯元温泉を発見し、 薬師如来 を祀る堂を建てました。
日光湯元温泉 日光開山の祖「勝道上人」が男体山登頂を成功させ、その後次々と神社・寺院を建てていきました。そして、湯元温泉も発見すると「薬師如来」を祀るお堂を建てました。 その後、湯元温泉は9人の湯守と呼ばれる人に管理されてきました。湯元温泉に入るには中禅寺上人(ちゅうぜんじしょうにん)と、日光奉行(にっこうぶぎょう)の...
春と秋の例大祭の時に、徳川家康公のお神輿は「 御旅所 」まできます。
御旅所(おたびしょ) 御旅所(おたびしょ)とは、お祭りなどでお神輿を求刑させたり、宿泊させたりする場所の事です。商店街の昔からの商店の店先や、旧家の庭先に、お祭りになると「お神輿」が置かれて、テントなどが建てられて、氏子(うじこ)さんたちが集まっている風景を見たことがあると思いますが、そこが「お旅所(おたびしょ)」です...
3代将軍家光公の霊廟である「大猷院殿」
[su_slider source=”category: 280″ height=”240″] 大猷院殿 徳川 家光 公は1651年4月20日、江戸城で亡くなりました。遺言で徳川 家光 公は「死してなお、権現様に使えまつらん」と言い残しました。そこで、4代将軍、徳川家綱公...
日光山中禅寺の山門をくぐり境内を進みます。左手に手を洗うところがあるので、手を洗って鐘を突きます。鐘をついたらさらに奥に進みましょう。そうすると右手に愛染明王(あいぜんみょうおう)を祀った 愛染堂 があります。ここは、映画「愛染かつら」のロケ地としても有名です。
愛染明王 愛染明王(あいぜんみょうおう)は人間につきものの煩悩、すなわち欲望・執着心を悟りに変えて導いてくれる力を持つ仏様です。ある意味、一番必要な仏様かもしれません。外見は不動明王の同じように、憤怒の形相で怖いです。しかも、全身真っ赤なので、子供を怒っている…いえ激怒している母親のようで、愛染明王の前に立つと怖いです...
日光山中禅寺 は山伏達たちの修業の場として784年に勝道上人が建立したものです。
坂東観音霊場33か所 坂東観音霊場33か所とは、関東地方(神奈川県・埼玉県・東京都・群馬県・栃木県・茨城県・千葉県)にある33か所の観音霊場の事です。 その始まりは鎌倉時代まで遡ります。「源平の戦い」で西日本に行った「坂東武者」、源頼朝の兵士たちは、西日本で宗派を問わず、各地の観音様をお詣りする姿に感銘を受けて、自国に...
神話の時代は男体山の神様は蛇でした。二荒山神社中宮祠は二荒権現を祀るために勝道上人が建てました。
日光二荒山神社中宮祠 二荒山神社中宮祠 は中禅寺湖畔にあり、「一の鳥居」がいろは坂を昇って中禅寺湖に到着すると目に入ります。中宮祠(ちゅうぐうじ)というのは、男体山の山頂にある「奥の宮」と日光山内にある二荒山本社の中間にあるから「中宮祠(ちゅうぐうじ)」と呼ばれています。勝道上人が男体山の山頂まで登れない人の為に784...
釈迦堂の近くに、赤い建物(お堂)があります。延命地蔵尊と呼ばれる像が収められています。一般的に「延命地蔵尊」とは新しく生まれた命を守り、その寿命を延ばしてくれる地蔵尊です。短命・若死を免れるために信仰されています。
延命地蔵堂 釈迦堂近くにある赤いお堂は「延命地蔵堂」と呼ばれています。中には「延命地蔵尊」という像が祀られています。この延命地蔵尊という像は、日光開山の祖「勝道上人」の作だという事です。 もともとは、湯の湖畔にありましたが、湯の湖は遠いので中禅寺湖湖畔にうつされ、さらに江戸時代までは中禅寺湖は女人禁制だったので、今の場...
釈迦堂はたびたびお引越しをしている建物です。最初は東照宮のお仮殿の場所にありましたが、1621年に仏岩に移されて、その20年後に現在の田母沢御用邸の前に移されました。7月15日には輪王寺僧侶によるお施餓鬼法要が行われます。
釈迦堂 殉死の墓を目指して歩いて行くと、正面に「釈迦堂」があります。その奥に、「殉死の墓」があります。 釈迦堂は1621年に仏岩のある場所に移されたときに、「妙道院(みょうどういん)」が建立されて、山の菩提寺として、釈迦堂とともに修業の場となったそうです。別名「仏道寺」ともいうそうです。 そして、1641年に田母沢御用...