延命地蔵堂

延命地蔵堂

延命地蔵堂

釈迦堂近くにある赤いお堂は「延命地蔵堂」と呼ばれています。中には「延命地蔵尊」という像が祀られています。この延命地蔵尊という像は、日光開山の祖「勝道上人」の作だという事です。
もともとは、湯の湖畔にありましたが、湯の湖は遠いので中禅寺湖湖畔にうつされ、さらに江戸時代までは中禅寺湖は女人禁制だったので、今の場所に移されたそうです。
そして、別名「犬牽き地蔵(いぬびきじそう)」と呼ばれている、とても面白い話があります。

犬牽き地蔵(いぬびきじそう)

湯の湖にある、兎島(うさぎじま)。島という名称ですが、半島のようにせり出した地形です。湿原になっているので、ワタスゲなど湿原の植物が育っています。

湯の湖にある、兎島(うさぎじま)。島という名称ですが、半島のようにせり出した地形です。湿原になっているので、ワタスゲなど湿原の植物が育っています。

日光開山の祖「勝道上人」が男体山登頂を目指していました。勝道上人が男体山登頂を成功させたのが、782年ですから、大体そのくらいの頃だと思います。奈良時代の終わり、後10年ちょっと平安時代になる頃です。
勝道上人の一行が田母沢川付近に来た時に、雲の中から地蔵尊が現れて、「勝道上人の望みは大変で、とても苦労するけれど、必ず望みは叶う」と告げました。
そこで、勝道上人はお地蔵さまを信じて頑張って、男体山登頂に成功し、そのあとに湯元温泉も発見しました。
そこで、勝道上人は石仏を掘って、湯の湖の兎島に祀りました。
そのご、時代は下って室町時代になりました。
湯の湖まで狩りに来た領主が、湯の湖畔で狩りをした獲物で酒宴を開きました。そして、勝道上人が作られた「石仏」(延命地蔵尊)の話を聞くと、自分の犬に石物を結んで湯の湖に投げ入れました。そして、犬が「石仏」を引っ張って泳ぐ姿を見て「ただの石の塊だ」と嘲笑いました。
突然、石仏が起き上がり、犬を引っ張って岸までやってきました。ところが、領主の家来はさらに石仏をつついて、湯の湖に落とそうとすると、空が急に曇って雷が領主と犬の上に落ちました。

中禅寺の僧侶が謝罪の祈りをささげてくれたので、犬と領主は生き返りました。

中禅寺の僧侶が謝罪の祈りをささげてくれたので、犬と領主は生き返りました。

その様子を見ていた木こりが、中禅寺に走って行って僧侶に事の次第を告げて祈祷をしていただくと、領主と犬は元通りに戻ったそうです。
それからこの地蔵を「犬牽き地蔵」といいます。

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