勝道上人のお墓

勝道上人のお墓

日光山を開いたといわれている勝道上人は817年3月1日に亡くなりました。男体山の登頂後25年、要するに、四分の一世紀の年月が過ぎたわけです。83歳だったそうです。今でも長生きですが、当時の基準だと、かなりの長生きだったと思われます。

開山堂の場所

勝道上人の亡骸は今の、開山堂の場所で荼毘(火葬)に付されたそうです。そこで、勝道上人のお墓があり、その御霊を弔うために「開山堂」というお堂が建てられたのです。なぜ、この地を選んで荼毘に付したのでしょう?
鬼門にあたるからでしょうか?
開山堂の東北にあたる「外山(そとやま)」が輪王寺などの鬼門に当たるので、日光を守るという意味で勝道上人のお墓があるのでしょう。

開山堂の反対側

開山堂の反対側には、日光の歴史にとってもう一人の大事な方のお墓があります。それは天海僧正のお墓です。天海僧正が日光の徳川家のお墓に推薦しなかったら今の日光はないでしょう。そして、その日光を守るように、天海僧正のお墓ももう一つの鬼門に向かって建てられています。しかも、その中心に徳川家康公のお墓があります。

勝道上人のお墓は三つある。

勝道上人のお墓は、この開山堂の地のほかに、中禅寺湖の中の上野島と竜頭の滝の近く、瑠璃ガ壺(菖蒲が浜の近く)と3か所あって、分骨したそうです。

勝道上人のお墓のある場所はパワースポット

勝道上人と天海僧正の分骨があるといわれている上野島。脇に人が立っています。

勝道上人と天海僧正の分骨があるといわれている上野島。脇に人が立っています。

日光は特にパワースポットがたくさんある土地ですが、やはり勝道上人のお墓がある土地はものすごいパワーだそうです。
特に、開山堂の杉の木の根元からはものすごいパワーが出ているそうです。また、今度行ったら、杉の根もとを触ってきたいと思います。
中禅寺湖の上野島もパワースポットです。ボートで行って島に上陸している人を見かけました。遊覧船でそばを通るだけでも「気」のパワーが感じられそうです。

日光の自然の中を歩く

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