慈雲寺 (じうんじ)

慈雲寺 (じうんじ)

慈雲寺


慈雲寺 (じうんじ)は1654年に天海僧正の4人の弟子の一人、晃海僧正によって建立されました。1654年は徳川家綱の時代です。その当時の建物は残念ながら1902年(明治35年)の大洪水で流されてしまい、現在私たちが見ることができる慈雲寺の本堂は1973年(昭和48年)に復元されたものです。大谷川沿いにある護摩壇や化け地蔵などが有名です。

慈雲寺 の護摩壇「霊庇閣(れいひかく)」


晃海僧正が建立した護摩壇です。これも流されてしまったので、昭和になって再現して言います。
晃海僧正が建立した護摩壇です。これも流されてしまったので、昭和になって再現して言います。


「護摩壇」は四隅に杭を立てて、屋根もつけて結界し、中央に護摩炉を設けます。そしてその前で、「護摩」を不動明王に向かって唱えます。ですから、護摩壇の向こう側に不動明王があります。
慈雲寺の護摩壇「霊庇閣(れいひかく)」は大谷川を挟んで対岸に不動明王があったそうです。ですが、残念ながらこの石像も今はありません。

弘法の投げ筆


霊庇閣の対岸に不動明王があり、その不動明王に向かって護摩滝をしたそうです。不動明王は流されてしまっています。また、弘法大師空海が筆を対岸に投げたら梵字が書かれたという伝説があるのもこのあたりです。
霊庇閣の対岸に不動明王があり、その不動明王に向かって護摩滝をしたそうです。不動明王は流されてしまっています。また、弘法大師空海が筆を対岸に投げたら梵字が書かれたという伝説があるのもこのあたりです。


慈雲寺 の護摩壇「霊庇閣(れいひかく)」の対岸の絶壁に弘法大師空海が筆を投げて「かんまん」という文字を刻んだという伝説のある「弘法の投げ筆」があります。ですが、これはやはり、完全に「こんなことあったらいいな」というレベルの話で実際には「慈雲寺」を建立した晃海僧正が能書家の山順僧正の梵字を刻ませたものだそうです。

7月14日


7月14日には輪王寺の僧侶による盂蘭盆会の法要が営まれます。