大小便きんぜい

大小便きんぜいの碑

滝尾神社へ向かう石畳を歩いていくと「大小便きんぜいの碑」という文字が刻まれた苔むした石碑が見えてきます。要するに、ここから先は神の領域だから不浄はダメですよということです。しかも、庶民対象に書かれているので、文字がひらがなです。

古(いにしえ)の滝尾道

今ではひっそりとしていて、石畳を踏みしめる音が聞こえてきます。

今ではひっそりとしていて、石畳を踏みしめる音が聞こえてきます。

現在はひっそりと行く人もまばらで、のんびりと森林浴をしながら歩いたり、古(いにしえ)の日光を感じながら歩くことのできる道ですが、以前はこの道は信仰の人々でにぎわっていたとか…
今では東照宮も一般公開されて、賑わっていますが、江戸時代までは神君家康公の霊廟に気軽に出はいりできる人はそんなに多くはなかったと思います。
なので多くの人々は滝尾神社にお参りしたと思います。

ここからは神の領域

大小便きんぜいの碑があるあたりに、昔は門などもあったそうです。
神社の周辺には、神の領域と人間界とを分ける目印がいろいろあります。そして、鳥居や門がその境目(さかいめ)におかれるのでしょう。

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