高野槇

高野槇

弘法大師空海が植えた「高野槇(こうやまき)」

「 高野槇 」とは樹齢1200年を超える槇の老木の事です。820年に弘法大師(774~865)が日光に来た時に和歌山県の高野山から持ってきて、自ら植えたというものだそうです。弘法大師、空海は天台宗の開祖であり、816年に朝廷より高野山を賜り921年に醍醐天皇から「弘法大師」の諡号(しごう)がおくられています。

高野槇 を植えた空海も温泉を発見した

勝道上人が湯元温泉を発見したように、弘法大師も全国の様々な温泉を発見しているそうです。ただし、真相のほどはわからないらしい。
当時は仏教も神教も一緒になっていたようだし、特に「山に神が住んでいる」という山岳信仰が根強く残っていることからも、登山をしたり、温泉を発見したりすることは宗教人として仕事のようなものだったのでしょう。

高野槇 を植えた空海は820年に日光にきました。

784年には勝道上人が男体山の登頂に成功し、「奥宮」を建立し、中禅寺湖の湖畔に男体山に登れない人の為に「中宮詞」を建てたそうなので、空海がきたと伝えられる820年には二荒山神社はある程度、形が整った神社だったのでしょう。でなければ、わざわざ、空海が高野山からの苗を運んでくることはないでしょうから。

高野槇は神苑入り口にあります。

弘法大師空海が植えたという老木「高野槇」
弘法大師空海が植えたという老木「高野槇」

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