空烟地蔵

空烟地蔵

空烟地蔵


行者堂から坂道を下っていくと、3代将軍徳川家光公の霊廟、大猷院に到着します。その手間にお地蔵さまがいらっしゃいます。そのお地蔵さまが「空烟地蔵(くうえんじぞう)」です。「空烟(くうえん)」とは家光公の側近の一人、「阿部忠秋(あべただあき)」の法名です。この場所は、勝道上人が男体山の登頂する際に道に迷って困っていたら、お地蔵さまが現れて、導いてくれた場所だそうです。

家光公のお墓を守っている側近たち


3代将軍の側近だった「阿部忠秋(あべただあき)」と「梶定良(かじさだよし)」死んでからも家光公にお仕えすることを遺言で残し、二人のお墓は家光公を挟んで前と後ろにあるそうです。

空烟地蔵(くうえんじぞう)は阿部家が奉納しました。


家光公の側近の阿部忠秋の法名「空烟」からつけられたお地蔵さまです。阿部家が奉納しました。
家光公の側近の阿部忠秋の法名「空烟」からつけられたお地蔵さまです。阿部家が奉納しました。


阿部忠秋のお墓はくうえんじぞう)の向こう側(石垣の中)にあります。そこで、阿部家の遺族が勝道上人とお地蔵さまのエピソードを聞いて石のお地蔵さまと常夜灯を奉納したそうです。

梶定良(かじさだよし)


阿部忠秋は4代将軍にも使えましたが、梶定良は家光公の墓守も命じられたので、日光に移り住み毎朝4時に起きて身を清めて大猷院にお詣りしたそうです。滝尾神社の運試しの鳥居や神馬の碑は梶定良が奉納したものです。