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もう一つの日光ー憾満ヶ淵コース

寂光・憾満が淵コースは滝尾コースと同じで歩く人が少ないので、日光の歴史に浸りながらゆっくりと歩くことができます。ただし、史跡自体が東照宮や二荒山神社などと比べると地味めな物が多いことと、現在では人のいない建物も神社、寺院、建物が多いので、日光の歴史に詳しい方に案内していただかないと通り過ぎてしまうことも多いです。

歴史探勝路(干満が淵~寂光の滝コース)

[su_box title=”道順に沿って紹介しています。+ボタンクリックしてください。”]
[su_spoiler title=”落合源七・巴快寛顕彰碑”]

落合源七・巴快寛顕彰碑が立っている日光総合会館の入り口。

落合源七・巴快寛顕彰碑が立っている日光総合会館の入り口。

神仏分離と廃仏毀釈によって、日光の貴重な文化財がどんどん失われていくことを侵犯した日光の人々は、落合源七と巴快寛が代表になって、明治天皇に直訴して日光の神社・寺院を守ったそうです。そこでそれを記念して 落合源七の碑 が建てられていました。

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[su_spoiler title=”岩裂神社(いわさくじんじゃ)”]

江戸時代までは「星の宮」といって虚空蔵菩薩を祀っていました。神仏分離令で岩裂神社となりました。

江戸時代までは「星の宮」といって虚空蔵菩薩を祀っていました。神仏分離令で岩裂神社となりました。

いつごろできたかはわかりませんが、昔は「星の宮」と称して「虚空蔵菩薩(こくぞうぼさつ)」(「虚空菩薩(こくうぼさつ)」とも言います。)を祀っていたそうです。

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[su_spoiler title=”還源山妙覚院浄光寺(かんげんざんみょうかくいんじょうこうじ)”]

岩裂神社を後にして石畳の道を歩いていくと浄光寺(じょうこうじ)に突き当たります。浄光寺は天台宗のお寺としては日光では一番古いです。勝道上人のお墓があるあたりの「仏岩」がまだ、その名の通りの仏様の姿をしていたころまで遡れるそうです。

岩裂神社を後にして石畳の道を歩いていくと浄光寺(じょうこうじ)に突き当たります。浄光寺は天台宗のお寺としては日光では一番古いです。勝道上人のお墓があるあたりの「仏岩」がまだ、その名の通りの仏様の姿をしていたころまで遡れるそうです。

浄光寺 の歴史は非常に古く8世紀頃(日光開山の祖、勝道上人が稲荷川沿いの仏岩谷(ほとけいわたに)に往生院を建立した頃)まで遡れるそうです。

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[su_spoiler title=”梵鐘(ぼんしょう)”]

お寺の境内にある「鐘」のことで、浄光寺の梵鐘は日光で現存する鐘の中では一番古いものだそうです。

お寺の境内にある「鐘」のことで、浄光寺の梵鐘は日光で現存する鐘の中では一番古いものだそうです。
お寺の鐘は参拝客がつくことができるものが多いですが、この鐘は亀裂が入っていて今ではつくことができないそうです。

日光山で現存する最古の「 梵鐘 (ぼんしょう)」で1459年に権律師源観によって奉納されたものだそうです。

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[su_spoiler title=”憾満親地蔵御首(かんまんおやじぞうおんくび)”]

親地蔵御首(おやじぞうおんくび)というのは1902年(明治35年)の大洪水で流されてしまったお地蔵さまの首です。大谷川の川底に沈んでいるのを地元の人が見つけて助け出しました。今では浄光寺の境内に祀られています。

親地蔵御首(おやじぞうおんくび)というのは1902年(明治35年)の大洪水で流されてしまったお地蔵さまの首です。大谷川の川底に沈んでいるのを地元の人が見つけて助け出しました。今では浄光寺の境内に祀られています。

憾満が淵の地蔵群は先頭に大きな「親地蔵」というお地蔵さまが置かれていました。親地蔵は2体ありました。両方とも流されてしまって、一つは大谷川の川底に沈んでいたのを地元の方に助け出され、浄光寺に祀られています。

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[su_spoiler title=”菅笠日限地蔵尊(すげがさひぎりじぞうそん”]

必ず願いがかなうという事なので、二人は一生懸命、お願いしています。

必ず願いがかなうという事なので、二人は一生懸命、お願いしています。

菅笠日限地蔵(すげがさひぎりじぞう)の縁日は毎月24日で、大縁日が4月24日です。

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[su_spoiler title=”防火隊碑(ぼうかたいひ)”]

日光は東照宮や大猷院など、家康公や家光公のお墓だし、文化財としても貴重なものだったので、特別に火災から守る「火消隊」を編成しました。殉職なされた方を弔うために1834年、防火隊碑が浄光寺に建立されました。

日光は東照宮や大猷院など、家康公や家光公のお墓だし、文化財としても貴重なものだったので、特別に火災から守る「火消隊」を編成しました。殉職なされた方を弔うために1834年、防火隊碑が浄光寺に建立されました。

1652年4代将軍、家綱の時代に「日光火之番」という、「火消隊」を作りました。

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[su_spoiler title=”導き地蔵尊(みちびきじぞうそん)”]

浄光寺入り口

導き地蔵尊がある浄光寺入り口

導き地蔵の意味は、仏の道への導きだということです。日光だけなく全国各地に導き地蔵尊はいらっしゃいます。

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[su_spoiler title=”大正天皇御製歌碑”]

日光をこよなく愛された大正天皇が大谷川を散策中に読まれたお歌です。

日光をこよなく愛された大正天皇が大谷川を散策中に読まれたお歌です。

大正天皇は日光をこよなく愛され1896年(明治29年)から1925年(大正14年)まで毎年、日光に秘書に来ていたそうです。

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[su_spoiler title=”慈雲寺(じうんじ)”]

慈雲寺(じうんじ)は1654年に晃海僧正によって建立されました。ちょうど、4代将軍家綱の治世になってしばらくしたころです。

慈雲寺(じうんじ)は1654年に晃海僧正によって建立されました。ちょうど、4代将軍家綱の治世になってしばらくしたころです。この門は当時のものなのでしょう?古そうです。

慈雲寺 (じうんじ)は1654年に天海僧正の4人の弟子の一人、晃海僧正によって建立されました。1654年は徳川家綱の時代です。

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[su_spoiler title=”霊庇閣(れいひかく)”]

晃海僧正が建立した護摩壇です。これも流されてしまったので、昭和になって再現して言います。

晃海僧正が建立した護摩壇です。これも流されてしまったので、昭和になって再現して言います。

慈雲寺の護摩壇「霊庇閣(れいひかく)」は大谷川を挟んで対岸に不動明王があったそうです。

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[su_spoiler title=”弘法の投筆(こうぼうのなげふで)”]

霊庇閣の対岸に不動明王があり、その不動明王に向かって護摩滝をしたそうです。不動明王は流されてしまっています。また、弘法大師空海が筆を対岸に投げたら梵字が書かれたという伝説があるのもこのあたりです。

霊庇閣の対岸に不動明王があり、その不動明王に向かって護摩滝をしたそうです。不動明王は流されてしまっています。また、弘法大師空海が筆を対岸に投げたら梵字が書かれたという伝説があるのもこのあたりです。

慈雲寺 の護摩壇「霊庇閣(れいひかく)」の対岸の絶壁に弘法大師空海が筆を投げて「かんまん」という文字を刻んだという伝説のある「弘法の投げ筆」があります。

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[su_spoiler title=”化け地蔵(ばけじぞう)”]

数えるたびにお地蔵さまの数がかわるという化け地蔵ですが、現在では変化がないそうです。

数えるたびにお地蔵さまの数がかわるという化け地蔵ですが、現在では変化がないそうです。

慈雲 寺の護摩壇「霊庇閣(れいひかく)」をさらに進むと「化け地蔵」と呼ばれるお地蔵さまが100体近く並んでいます。

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[su_spoiler title=”憾満が淵(かんまんがふち)”]

男体山から噴出した溶岩によって大谷川の流れが堰き止められたり、流れが急に早くなったりしている場所です。昔は「不動明王」が現れる場所とも言われていました。川の流れが不動明王の真言の最後の句「カンマン」と響くことから「憾満が淵」と名付けられました。

男体山から噴出した溶岩によって大谷川の流れが堰き止められたり、流れが急に早くなったりしている場所です。昔は「不動明王」が現れる場所とも言われていました。川の流れが不動明王の真言の最後の句「カンマン」と響くことから「憾満が淵」と名付けられました。

憾満が淵は大谷川の見事は景勝と川の流れる音の素晴らしさとが楽しめる場所です。

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[su_spoiler title=”大日橋(だいにちばし)”]

「大日橋(だいにちばし)」は2000年に10月に完成した大谷川にかかる吊り橋です。憾満が淵と反対側の「大日堂跡」を結んでいます。日光市が進めているウォーキングトレイル事業の一環として建設されたそうです。

2000年(平成12年)、ウォーキングトレイル事業の一環として作れられた大谷川にかかる吊り橋が「大日橋」です。周辺には桜の木が多く、春には桜の名所として楽しめそうです。この橋ができたことで、憾満が淵から大谷川を渡って国道120号線の方に簡単にいくことができるようになりました。(もちろん、車は通ることはできません。)

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[su_spoiler title=”松尾芭蕉句碑(まつおばしょうくひ)”]

松尾芭蕉は1689年(5代将軍綱吉の時代)江戸を出発し、日光を通って東北、北陸を回って江戸にもどってきて、「奥の細道」という旅行記を書きました。日光には松尾場所が読んだ俳句の句碑がいくつか残されています。

松尾芭蕉は1689年(5代将軍綱吉の時代)江戸を出発し、日光を通って東北、北陸を回って江戸にもどってきて、「奥の細道」という旅行記を書きました。日光には松尾場所が読んだ俳句の句碑がいくつか残されています。

大日堂跡の句碑「あらたうと青葉若葉の日の光」
『日光山はなんと、尊いことだろう。日の光があんなにキラキラと輝いている。これはきった弘法大師様と東照宮様のおかげだ』

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[su_spoiler title=”裏見の滝(うらみのたき)”]

裏見の滝

紅葉の頃は観光客も大勢来ます。

裏見の滝は、大谷川の支流「荒沢川(あらさわがわ)」の上流にあります。国道120号線から脇道に入って標識通りに進んでいくと駐車場があります。

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[su_spoiler title=”清滝寺(きよたきじ)”]
清滝寺

清滝寺の千手観音菩薩像「清滝観音」は、日光山中禅寺の「立木観音」と同じ桂の木で作られている「お前立観音」だそうです。
「お前立観音」とは、平常公開されていない秘仏の厨子(入れ物)の前に身代わりとしておかれていて秘仏の代わりに参拝者がお詣りできる観音様です。
日光開山の祖、勝道上人が彫り上げた観音様です。

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[su_spoiler title=”清滝神社(きよたきじんじゃ)”]
清滝神社

820年、弘法大師が日光に来た際に、この地に小さな祠を建てて「金毘羅大権現」を祀り、清滝権現とした。
明治政府の神仏分離令で「清滝神社」となる。

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[su_spoiler title=”花石神社大ケヤキ(はないしじんじゃおおけやき)”]

花石神社が国道120号線上にあります。駐車場などがないので、車だと通り過ぎてしまうような小さな神社です。日光開山の祖「勝道上人」が建立したそうです。日光の山に宿る18の神様を祀ったそうです。

花石神社が国道120号線上にあります。駐車場などがないので、車だと通り過ぎてしまうような小さな神社です。日光開山の祖「勝道上人」が建立したそうです。日光の山に宿る18の神様を祀ったそうです。

日光開山の祖「勝道上人」が蓮華石に座って日光連山を遥拝して18神を祀ったそうです。
山の霊を一か所に集めて祀った「十八王子」がこの花石神社の始まりです。

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[su_spoiler title=”八幡神社(はちまんじんじゃ)”]

八幡神社は国道120号線にあります。道路より高い位置にあるので階段を上って「鳥居」をくぐります。ご祭神は誉田別命(ほんだわけのみこと)で「応神天皇」と同一視されています。

八幡神社 は国道120号線にあります。道路より高い位置にあるので階段を上って「鳥居」をくぐります。ご祭神は誉田別命(ほんだわけのみこと)で「応神天皇」と同一視されています。

八幡神社 は日光開山の祖「勝道上人」が作りました。別名、「飛石八幡(とびいしはちまん)」というそうです。

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[su_spoiler title=”釈迦堂(しゃかどう)”]

釈迦堂はたびたびお引越しをしている建物です。最初は東照宮のお仮殿の場所にありましたが、1621年に仏岩に移されて、その20年後に現在の田母沢御用邸の前に移されました。7月15日には輪王寺僧侶によるお施餓鬼法要が行われます。

釈迦堂はたびたびお引越しをしている建物です。最初は東照宮のお仮殿の場所にありましたが、1621年に仏岩に移されて、その20年後に現在の田母沢御用邸の前に移されました。7月15日には輪王寺僧侶によるお施餓鬼法要が行われます。

殉死の墓を目指して歩いて行くと、正面に「釈迦堂」があります。その奥に、「殉死の墓」があります。

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[su_spoiler title=”殉死の墓(じゅんしのはか)”]

徳川家光公の後と追って、自殺した家臣や、徳川幕府の忠臣だった人のお墓が並んでいます。

徳川家光公の後と追って、自殺した家臣や、徳川幕府の忠臣だった人のお墓が並んでいます。

殉死の墓 は徳川家康公の後を追った家臣や徳川家光公の後を追った家臣の墓です。

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[su_spoiler title=”延命地蔵尊(えんめいじぞうそん)”]

釈迦堂の近くに、赤い建物(お堂)があります。延命地蔵尊と呼ばれる像が収められています。一般的に「延命地蔵尊」とは新しく生まれた命を守り、その寿命を延ばしてくれる地蔵尊です。短命・若死を免れるために信仰されています。

釈迦堂の近くに、赤い建物(お堂)があります。延命地蔵尊と呼ばれる像が収められています。一般的に「延命地蔵尊」とは新しく生まれた命を守り、その寿命を延ばしてくれる地蔵尊です。短命・若死を免れるために信仰されています。
日光の「 延命地蔵堂 」には面白い話があります。

釈迦堂近くにある赤いお堂は「延命地蔵堂」と呼ばれています。中には「延命地蔵尊」という像が祀られています。

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[su_spoiler title=”若子神社(じゃっこじんじゃ)”]

若子神社(じゃっこじんじゃ)は、もともとは寂光寺というお寺でした。江戸時代まではとても賑わっていました。ですが、明治政府の出した神仏分離令で廃寺となり、その代わりに「若子神社」となりました。寂光の滝がすぐそばにあります。

若子神社(じゃっこじんじゃ)は、もともとは寂光寺というお寺でした。江戸時代まではとても賑わっていました。ですが、明治政府の出した神仏分離令で廃寺となり、その代わりに「若子神社」となりました。寂光の滝がすぐそばにあります。

寂光寺は弘法大師空海が開いたといわれています。弘法大師空海が滝尾神社を開いた後に、寂光の滝で修業しているときにやはり女神が現れたので、この地に祠を立てて「寂光寺」としたそうです。

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[su_spoiler title=”寂光の滝(じゃっこうのたき)”]

弘法大師空海が修業したという寂光の滝。

弘法大師空海が修業したという寂光の滝。
マイナスイオンがたくさん出ています。

若子神社の後ろにあるのが「寂光の滝」です。

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[su_spoiler title=”青竜神社(せいりゅうじんじゃ)”]

青龍神社は晴天を祈願する神社です。江戸幕府は日光東照宮の大祭が行われる時に、当日の晴天を祈願していたそうです。

青龍神社は晴天を祈願する神社です。江戸幕府は日光東照宮の大祭が行われる時に、当日の晴天を祈願していたそうです。

「 青龍神社 (せいりゅうじんじゃ)」は弘法大師空海の弟子が京都の醍醐(だいご)の青龍神を移し祀ったと言われています。

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[su_spoiler title=”日光奉行所跡(にっこうぶぎょうしょあと)”]

日光奉行所

日光奉行所 の建物は今はなく石碑がたっているだけです。

日光奉行所 は3代将軍徳川家光の家臣「梶定良」のお屋敷だったそうです。梶定良は滝尾神社の運試しの鳥居や神馬の碑を奉納した人です。

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