日光東照宮一覧

日光東照宮一覧

石鳥居

石鳥居 後水尾天皇のお手による「東照大権現」の額は畳1畳の大きさがあります。
石鳥居 後水尾天皇のお手による「東照大権現」の額は畳1畳の大きさがあります。

石鳥居 は日光東照宮の入口を飾ります。鳥居は神社に入り口にあって、聖域との結界の役割をしています。鳥居の内側は神様がおいでなる聖なる場所ということです。朱塗りの木でできているものもあれば、石で出来ているものもあります。

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五重塔

五重塔入り口
五重塔入り口

 五重塔 や三重塔など、本来は寺院に所属する建物です。仏舎利などを祀るために建てられました。これも「神仏習合」の流れで、神社に仏教の建物が混在していました。明治政府の「神仏分離令」により、 五重塔 も東照宮の敷地から移転する予定でしたが、明治政府に嘆願したかいあって、なんとか元の場所に置いておくことができました。

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表門

日光東照宮、表門を警護している 仁王像
日光東照宮、表門を警護している 仁王像

 日光東照宮の石鳥居を過ぎると「表門」があります。 表門は左右に「阿吽」の 仁王像 を安置しているので別名、「仁王門」とも呼ばれています。本来 仁王像 がおかれた仁王門は寺院の門のグループに入るのですが、やはり「神仏習合」の流れで東照宮の門として建造されました。 明治の神仏分離で一時期、 仁王像 は「大猷院」へ移転されましたが、1897年(明治30年に元の東照宮に戻ってきました。

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神厩舎(しんきゅうしゃ)

日光東照宮の神厩舎(しんきゅうしゃ)は神馬のいる場所です。猿は馬の守り神だそうです。
日光東照宮の神厩舎(しんきゅうしゃ)は神馬のいる場所です。猿は馬の守り神だそうです。
「見ざる、言わざる、聞かざる 」は子供の道徳の教えとしても用いられています。

 神厩舎(しんきゅうしゃ)と言っても、ほとんどの人はピンときませんが、「 見ざる、言わざる、聞かざる 」はみんな知っていますよね。 悪い事は「見ない・言わない・聞かない」という教えを表している有名なお猿さん達です。

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内番所

内番所は昔は東照宮を警備する武士たちの詰め所でしたが、今ではお守りや、お札を売っています。
昔は東照宮を警備する武士たちの詰め所でしたが、今ではお守りや、お札を売っています。

 お札やお守り を売っている場所は日光東照宮の中、いたるところにあります。ですが、神厩舎(しんきゅうしゃ)の隣で、 お札やお守り を売っている建物(内番所)はちょっと変わっています。

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御水屋

水屋 全景
水屋 全景

 参拝者が手と口を清める場所を御手洗(みたらし)、手水所(ちょうずどころ)、御水屋(みずや)など言います。参拝者は 神社の作法通りに手と口を漱ぎます。昔はきちんと 神社の作法 どおりにしていたのでしょうが、今では何となくやっている人が多いのではないでしょうか。

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三神庫

日光東照宮の表門を抜けて、右側に下神庫があります。
日光東照宮の表門を抜けて、右側に下神庫があります。

 三神庫 は表門(仁王門)を抜けるとすぐ目の前に入っていきます。三神庫 は上神庫、中神庫、下神庫という、3つの建物からなっています。仁王門の正面辺りが下神庫、そしてその隣が中神庫、ちょうど、「神厩舎」の前くらいに位置するのが上神庫です

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神様のトイレ

神様のトイレ(西浄)中神庫と下神庫の間にあります。一般公開されていないのでわかりにくいです。
神様のトイレ(西浄)中神庫と下神庫の間にあります。一般公開されていないのでわかりにくいです。

 「トイレにはきれいな女神様が住んでいる」という歌がありましたが、東照宮には「西浄(さいじょう)」とよばれる 神様のトイレ があり、朱塗りの9個のトイレが並んでいるそうです。
神様のトイレ は一般公開もされていないし、一般の人が使用することもできません。使うことができるのは神様だけです。

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唐銅鳥居

唐銅鳥居の向こう側に陽明門があり、その奥には唐門、本殿、そして奥宮があり、神君家康公に続いています。
唐銅鳥居の向こう側に陽明門があり、その奥には唐門、本殿、そして奥宮があり、神君家康公に続いています。

 パワースポットとして有名な東照宮の御水舎で手と口を清めて進むと、鳥居がまた出てきます。参道の真ん中や、鳥居の真中は神様がお通りになる場所なので、少しさけて通りましょう。少しよけても、その辺りはパワーあふれる パワースポット なので、ゆっくり深呼吸するとよいそうです。

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輪蔵(りんぞう)

天海僧正のお経が納めれているそうです。
天海僧正のお経が納めれているそうです。

仏教の経典を納めておく所です。中央に、八角形の経典を納める書架が置かれていることから輪蔵(りんぞう)というそうです。
その書架を回すと、お経を唱えたのと同じ効果があるそうです。すごいですね。

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灯籠(とうろう)

上神庫の前にも多くの灯篭が並んでいます。石灯籠には苔が生えているものが多く、年月の長さを感じます。
上神庫の前にも多くの灯篭が並んでいます。石灯籠には苔が生えているものが多く、年月の長さを感じます。

日光東照宮の境内にはあちこちに「灯籠(とうろう)」があります。 灯籠 の数は全部で121もあるそうです。
すべて、当時の諸大名の奉納によるものだそうです。しかも、奉納者の身分によって奉納する灯籠の場所が決まっていたそうです。今でも、そのような事はありますよね。

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鐘楼と鼓楼

鼓楼 は薬師堂の前にあります。
左側、薬師堂の手前にあるのが鼓楼です。

 陽明門の手前にある櫓(やぐら)のような二つの建物、向かって右側が 鐘楼 、左側が鼓楼です。読んで字のごとく、 鐘楼 には鐘(かね)が納められていて、鼓楼には太鼓が納められています。

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陽明門

きれいになった日光東照宮陽明門
きれいになった日光東照宮陽明門

 陽明門 はとにかく、ものすごく豪華な門で、またの名前を「ひぐらしもん」と言います。一日眺めていても飽きないからだそうです。確かに、 陽明門 は豪華絢爛な東照宮の中でも最も豪華で素晴らしい建築物だということです。

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神輿舎

例大祭の時にはお神輿はお旅所までやってきます。お旅所で休憩したあと、また御本社に戻られるそうです。
例大祭の時にはお神輿はお旅所までやってきます。お旅所で休憩したあと、また御本社に戻られるそうです。

 陽明門を入ると左側に「神輿舎(しんよしゃ)」という3基の御神輿(おみこし)が納められている建物があります。御神輿(おみこし)は神様の乗り物です。神與舎(しんよしゃ)は 御神輿 を保管する建物です。

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神楽殿(かぐらでん)

眠り猫の受付があるのでゆっくり見れないです。
眠り猫の受付があるのでゆっくり見れないです。

神楽殿 (かぐらでん)とは神社の境内で神楽を奏するために設置された場所です。1635年に建てられました。翌年、神橋の改修が行われています。例祭などでは蔀戸が大きく開き吹き放ちとなり八乙女による神楽が奉納されます。普段は閉められています。
神楽殿は反対側にある「神輿」を保管してある「神輿舎」と対になっているそうです。

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眠り猫

家康公の眠る奥宮への入り口を守る眠り猫。奥宮もやはり、江戸時代までは将軍家しか参拝が許されていない神聖な場所でした。
家康公の眠る奥宮への入り口を守る眠り猫。奥宮もやはり、江戸時代までは将軍家しか参拝が許されていない神聖な場所でした。

 眠り猫 の先には徳川家康公が眠る霊廟「奥宮」があります。とすると、 眠り猫 は徳川家康公の霊廟の守り神なのでしょうか?
作者は「左甚五郎」だと、伝えられています。
伝説的な人物だったようで、「左」というのも「左きき」だったからそれから呼ばれた性だそうです。実際に東照宮の 眠り猫 の修繕の時の調査で左ききの人間が彫ったものという診断が出ているそうです。

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坂下門

江戸時代までは将軍しかいくことができなかった奥宮に通じる門なので、「開かずの門」とも言われていました。
江戸時代までは将軍しかいくことができなかった奥宮に通じる門なので、「開かずの門」とも言われていました。

 日光東照宮東回廊にある眠り猫と通り過ぎると正面に「 坂下門 」があります。
その 坂下門 をぬけて、207段の石段を上ると家康公がお眠りになる「奥宮」があります。
今では一般参観できるので、拝観料さえ払えばだれでも行くことができますが、江戸時代は「奥宮」は将軍しか入れませんでした。

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奥社

奥社、拝殿前の狛犬

 奥社 とは、神君徳川家康公の霊廟です。徳川家康は1616年に亡くなると、遺言でその遺体は一度は静岡県の久能山に埋葬されましたが、1年後に日光に小さな堂を建ててそこに祀られました。

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奥社拝殿

奥社、拝殿の後ろ側
奥社拝殿の後ろ側から、室内の様子が伺えますが、とても豪華ですね。

奥社拝殿 とは神君家康公の宝塔の前の建物で、江戸時代は将軍だけがその建物で家康公に拝礼することができました。今では、207段の石段を登ることができれば誰でも 奥社拝殿 の前で「二礼・二拍手・一礼」することができます。

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鋳抜門

家康公の霊廟の前の門。一つの鋳型で作ったもんだから鋳抜門といいます。
家康公の霊廟の前の門。一つの鋳型で作ったもんだから鋳抜門といいます。

 鋳抜門(いぬきもん)は家康公の棺が納められている宝塔の入口の門の事です。扉をのぞいて柱や梁など一つの鋳型で作ったことから鋳抜門(いぬきもん)というそうです。

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宝塔(ほうとう)

徳川家康公のご遺体はこの真下にあります。
徳川家康公のご遺体はこの真下にあります。

宝塔 には神君家康公の神柩(しんきゅう)が納められています。 宝塔 は最初は木造、後に石造りになりましたが、5代将軍の時に地震で破損したため、現在のような唐銅(からがね)製の 宝塔 になりました。

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叶う杉(かなうすぎ)

叶え杉に願いをかけて! いつも多くの人がお願いで並んでいます。
叶え杉に願いをかけて

「 叶う杉 」という、願いを叶えてくれる杉の木が家康公のお墓である宝塔のそばにあります。 叶う杉 は樹齢600年くらいはしている巨木です。 叶う杉 の真ん中に穴が開いていて洞窟のようになっています。そこに、しめ縄がかけられていて、 叶う杉 の前には御さい銭もおいてあります。
私も、子供3人もおりますと、願い事はたくさんあります。今日は、叶う杉に願いをかなえてもらえる方法を考えてみました。

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祈祷殿

社務所で受付して正式に玉串を奉納することができます。

祈祷殿 は日光東照宮の眠り猫の左側にあります。
江戸時代までは神仏習合だったので、ここで護摩をたいて天下泰平を祈願したそうです。明治の「神仏分離令」で日光東照宮の境内から移転するように命じられましたが、社務所として使うことでその場に残してもらうことになりました。

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唐門(からもん)

日光東照宮奥社 唐門
日光東照宮奥社 唐門

「唐門 とは屋根に唐破風(からはふ)を持つ門のことです。唐破風(からはふ)は屋根の中央が山のように高く、左右が裾のようになだらかになっていくことです。 唐門 は寺院に多くみられる門です。

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本社(ほんしゃ)

日光東照宮の本社とは、拝殿 、石の間、本殿の3つの建物を本社と言います。
日光東照宮の本社とは、拝殿 、石の間、本殿の3つの建物を本社と言います。

拝殿 、石の間、本殿の3つの建物を本社と言います。東照宮本社は 拝殿 (はいでん)、石の間、本殿が工の字形になっています。
拝殿 には「唐門」からは入ることができませんが、一般公開されているので脇の入口で靴を脱いで入ります。

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