巫女石

巫女石

ペトリフィカストタルス「石になれ」

ハリーポッターの中で時々出てくる呪文で相手を石にしてしまう呪文です。ハリーポッターの場合は石になった人はまたしばらくすると元に戻っていますが、日光のペトリフィカストタルス「石になれ」の場合は永遠に石になったままのようです。二荒山神社中宮祠にある、牛石も巫女石も、もともとは生きていたそうですが、結界を破って「聖地」に来たため、もはや息のできない石になったままです。

巫女石

二荒山神社中宮祠の大鳥居の足元に「巫女石」はあります。
二荒山神社中宮祠の大鳥居の足元に「巫女石」はあります。

男体山や日光連山や山岳信仰の聖地なので、女性は立ち入ることができませんでした。
理由があきれるようなものばかりです。
女性は「不浄」なものだからとか、女性は男性より劣っているとか、

現代社会でそんなこと言ったら、セクハラで訴えられます。
訴訟事件だったら、目の玉が飛び出るような賠償金ものです。
ですが、江戸時代までは女人禁制が当たり前でした。日光の女人汽船が解かれたのは1872年(明治5年)の事です。ですが、いろいろな意味で男女間の格差がなくなるのはまだまだ先の事です。

もともとは人間だったという「巫女石」。割と小さめです。石になって縮んでしまったのでしょうか
もともとは人間だったという「巫女石」。割と小さめです。石になって縮んでしまったのでしょうか。

巫女石は、いつ巫女さんが石にかえられたかはわかりませんが、1532年ころには記録があるそうですから、それより以前の事なのでしょう。(1532年は第12代足利将軍の頃なので、戦国時代真っ盛りの頃です。)
神に仕える巫女さんならば、結界を破っても神罰は下らないだろうと中禅寺湖まで登って行ったら、やはり神罰が下り、石に変えられてしまったそうです。

女人堂(にょにんどう)

日光に限らす、山岳信仰の聖地として栄えた山は女性が山に入ることを許していません。さらには牛や馬までも女性と同じように結界を結んで入ることを禁じています。
多くの場合、信仰する女性が参拝できるように山のふもとや入り口に遥拝所がありました。日光の場合は「女人堂」といいますが、名称は様々です。

女人堂より、さらに上った地点に「中の茶屋」があります。女人堂も同じような朱塗りの建物です。 
女人堂より、さらに上った地点に「中の茶屋」があります。女人堂も同じような朱塗りの建物です。

日光の「女人堂」はいろは坂(第46カーブのところ)にあり、朱塗りの建物です。馬や牛が返されてしまう「馬返し」の地点から2キロほど上ったところに「女人堂」があります。
1932年(昭和7年)に馬返~明智平間にケーブルカーができると、中禅寺坂を登る人は信仰深い登拝者だけになりました。そのうちに道路が整備されて、車でいろは坂をのぼれるようになり、ケーブルカーも廃止されると、旧道も廃止され、徒歩でいろは坂を上る人はいません。
そして、交通渋滞の緩和でいろは坂は片側一方通行となり、もともとの「第1いろは坂」は下り線用となったため、男性も女性も、この道を上ってくることはできなくなりました。

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