山岳信仰

山岳信仰

山岳信仰(さんがくしんこう)とは

山岳信仰 というのは人間が生きているうちに自然と発生した信仰です。
日本に仏教が伝来する前、一人は全く祈りもささげず、心のよりどころも持たず、生活していたのでしょうか?
クリスチャン、仏教となど、信仰する宗教がある方はその宗派の方法で祈りをささげたり、生活方法をその宗派の教えにあわせたりしている人もいるでしょうが、自分独自の方法で心のよりどころを見つける場合もありますよね。

山岳信仰のひとつのきっかけ

たとえば、朝、早起きして、朝日を浴びると、「今日は何かいいことがあるかな?」って期待をしたりしますよね。そうした自然と密接につながった信仰が自然信仰です。そして、遠くの山に向かって、「うまくいきますように」と、お祈りするようになったりするのが、山岳信仰です。自然がたくさんあった時代は自然信仰、山岳信仰は発達して当たり前でした。

山岳信仰と仏教

やがて、奈良時代になり、中国から仏教が入り、仏教が広まっていく過程で、もともとの山岳信仰とうまく溶け合って行きました。山の中で修行した山伏(修験者)たちが山の神々を祀って、仏教の修行を行ってきました。

日光と勝道上人

日光では勝道上人が日光山の入口、大谷川のそばに四本龍寺をたて開山し、784年に男体山の登頂に成功し、奥宮を建立しました。そして、中禅寺湖畔に中宮を建立し、男体山まで登れない人は中禅寺湖畔の二荒山神社で祈りをささげたというわけで、日光と 山岳信仰 は密接につながっています。

山岳信仰の聖地「日光」

日光は 山岳信仰 の聖地として栄えることになりました。
日光には山に伏して修行する山伏が大勢いました。山の中で修行することで煩悩を取り除き、霊力を発揮することが修行の目的でした。

山岳信仰 と女性

日光山で修行する修験僧でにぎわいましたが、その修行の妨げになるとして女性を立ち入り禁止しました。「いろは坂」を昇って男体山に登ることは禁止されていました。「いろは坂」の手前に「清滝寺」というお寺があり、それは男体山の登山が許されていない女性がそのお寺にお参りすると男体山に昇ったのと同じくらいご利益があると信じられていたそうです。男女平等が当たり前の今の時代から考えたら、「?」が100個くらいついてしまいそうな事ですが、江戸時代ではごく当たり前のことでした。

女人禁制

山岳信仰 における霊場での「女人禁制」は何も日光だけのものではなく、全国各地 山岳信仰 の聖地と呼ばれる場所は女人禁制です。2013年に世界遺産に登録された「富士山」でも江戸時代までは女性は2合目までしか登ることができませんでした。ですが、殆どの神社や仏閣に関しての女人禁制の地は明治5年3月27日の太政官布告第98号「神社仏閣女人結界ノ場所ヲ廃シ登山参詣随意トス」により解除が行われましたが、いまだに「女人禁制」のところもあるので「ビックリ」です。

たとえば、石川県、能登町にある「石仏山」は今でも「女人禁制」の「潔界山」として有名です。

江戸時代にはいり、日光は徳川家康公の霊廟となり、2代将軍秀忠、3代将軍家光と、2代の将軍の手によって、豪華絢爛な日光東照宮が建立され、日光山の名前は全国に知れ渡るようになります。山岳信仰 と日光は時代の流れとともにしっかりと結びつきました。父なる男体山、母なる女峰山に抱かれ、神々に守られている 山岳信仰 と日光の姿があります。

現在でも日光では修行が行われているそうです。

山岳信仰 の聖地「日光」は今でも裏見滝で滝修行が行われています。

山岳信仰 の聖地「日光」は今でも裏見滝で滝修行が行われています。

日光三大名瀑(華厳の滝・霧降の滝・裏見の滝)の一つ、裏見の滝では今でも「滝修行」を行うそうです。夏でも温度が2~3度違うらしく普段でも涼しい日光の中でも更に涼しく感じます。

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