神橋

神橋のそばに 日光にかかわった人の銅像 が立っています。一人は日光を世界的にも有名な場所にした「天海僧正」ともう一人はその文化的・歴史的貴重な日光を守った「板垣退助」です。
神橋の橋の受付
日光開山の祖「勝道上人」が大谷川を渡るために神様が投げてくれた蛇の橋が「神橋」です。正面に勝道上人たちを渡らせてくれた神様を祀るお堂があります。

神橋(しんきょう)

日光に来てまず目に入るのが「 神橋 」です。ちょうど、日光山の入口にあり、大谷川にかかる橋の事です。いつも渋滞する場所としても有名です。その昔、勝道上人が日光に来た時に大谷川の流れがあまりにも急で渡れずにいると神様が現われて2匹の蛇を投げて、その蛇が橋のようになって渡させてくれたという言い伝えがあります。

「 神橋 」は「山菅の橋(やますげのはし)」ともいいます。

「 神橋 」には一つの伝説があります。勝道上人がその弟子たちが初めて日光に来た時、大谷川の流れがあまりにも急なので渡ることができませんでした。そして勝道上人が神仏にお祈りしたところ、神様が現われて、二匹の蛇をよこしました。その蛇が「橋」となって、勝道上人たちは反対側に渡ることができたということです。実際の蛇は表面がぬるぬる滑るので、背中に山菅が生えてきてすべることなくわたれたので「山菅の橋」とも言います。

「神橋」を朱塗りの橋にしたのは家光公です。

1636年の家光公がおじいちゃんの為に東照宮を作りかえる時に 神橋 も現在のような朱塗りの橋になりました。当時の橋は洪水で流されてしまいましたが、1904年(明治37年)に作りなおしました。また、2005年に平成の大改修が行われ、今では朱色の色鮮やかの橋が戻ってきました。2005年は修理が終わった記念で渡ることができました。今でも料金を払いますが、橋に入ることはできますが、渡り切ることができません。

「 神橋 」を渡るには花嫁さんになれば渡れます。

二荒山神社で結婚式を挙げると、 神橋 を渡ることができるそうです。角隠しや綿帽子をかぶって純白の花嫁衣装を着て朱色の 神橋 を渡る様は確かに絵になると思います。

日光の自然の中を歩く

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