神馬の碑

神馬の碑 (しんめのひ)

神馬の碑 (しんめのひ)というのは、徳川家康公が関ヶ原の戦いで乗った名馬の碑だそうです。家康公の死後も1617年から1630年の14年間、東照宮の神馬としてご奉公していたそうです。

神馬

東照宮の神馬

日光東照宮の神馬は毎日午前10時から正午までご奉公しています。

神馬(しんめ)というのは、神社に奉納された馬のことで、神社の祭事の際に使用される馬のことです。馬は神様がお乗りになるそうです。日光東照宮の神馬は毎日午前10時から正午まで「見ざる・言わざる・聞かざる」で有名な神厩(しんきゅう)で神馬としてご奉公しています。

神馬は祈願のために奉納される

古の昔から人々は祈願のために神社に様々な品物を奉納したが、馬もその一つでした。馬はかなり高価なものだったので、馬は今でも高価ですが、昔も非常に高価なものだったので、馬を奉納して祈願するような願い事はきっと、ちょっとやそっとでは叶わない大変なことだったのでしょう。

木像の神馬

生きている馬の代わりに木像の神馬を置いている神社もたくさんあります。

生きている馬の代わりに木像の神馬を置いている神社もたくさんあります。

贈る方にとっても高価な馬ですが、奉納される側の神社も規模によっては生きている馬を奉納されるのは困る場合もありました。そんな場合は等身大の馬の像だったりしました。

絵馬は神馬の代わり

そして、今でも神社で願い事があると、絵馬に書いて神社の指定する場所にかけてきたりしますが、実は神馬の代わりに絵馬がだんだんとかわっていったのです。

関連記事

  1. 滝尾神社のご祭神、田心姫命(たごりひめのみこと)が、お手をかけたといわれています。学問の神様、菅原道真公を祀った「北野神社」をお参りした後に、この「手掛け石」に手をかけてお願いすると文字が上達するという事です。

    手掛け石

    手掛け石(てがけいし)手掛け石 (てがけいし)とは、昔、滝尾神社のご祭神の田心姫命(たごりひ…

  2. 徳川家康公の側室、お六の方のお墓と水戸頼房の母、英勝院のお墓があります。もとは水戸藩の僧坊があり、松尾芭蕉も日光に来た時に宿泊しています。

    養源院 跡

    養源院跡(ようげんいんあと)養源院 跡というのは、徳川家康公の側室「お六の方」( 陽源院…

  3. この先は滝尾神社という、神様の領域に入っていくので不浄はいけませんという石碑です。

    大小便きんぜい

    大小便きんぜいの碑滝尾神社へ向かう石畳を歩いていくと「大小便きんぜいの碑」という文字が刻まれ…

  4. 牛石 は石に変えれれてしまった「牛」の事です。

    牛石

    女人近世(にょにんきんせい)神社・寺院・霊場・修行場などで、女性の出入りを禁じたものです。日光では山…

  5. 日光植物園の近く、国道120号線上を挟んで日光植物園の反対側あたりに「夜泣き石」はあります。日光の「夜泣き石」は夜泣きする赤ちゃんを連れて行ってお願いすると赤ちゃんの夜泣きが泊まるというものです。

    夜泣き石

    夜泣き石 (よなきいし)「夜泣き石」という検索キーワードで検索すると、全国各地の「夜泣き石」…

  6. 男体山が山岳信仰の聖地として賑わっていたころは女人禁制だったため、女性は中禅寺湖まで行くことができませんでした。ある「巫女さん」が自分なら神様にお仕えする巫女さんだから大丈夫だろうと、上ったところ牛さんと同じに石になったという言い伝えがあります。中禅寺湖湖畔の大鳥居のそばに、巫女石はあります。

    巫女石

    ペトリフィカストタルス「石になれ」ハリーポッターの中で時々出てくる呪文で相手を石にしてしまう呪…

  7. 日光は東照宮や大猷院など、家康公や家光公のお墓だし、文化財としても貴重なものだったので、特別に火災から守る「火消隊」を編成しました。殉職なされた方を弔うために1834年、防火隊碑が浄光寺に建立されました。

    防火隊碑

    八王子千人同心(はちおうじせんにんどうしん)江戸時代も現代も火災はとても怖いものです。特に、…

  8. 日光が山岳信仰の聖地として賑わっていたころ、多くの修験者僧がここから女峰山に入り、山で修業をしていました。「行者堂」はそんな修業する人を代表して「役 小角(えんのおづめ)」を祀っています。

    行者堂

    行者堂 (ぎょうじゃどう)行者(ぎょうじゃ)とは荒修行を行う人のことです。たとえば、断食や針…

最近の記事

  1. 花石神社
  2. 湯の湖湖畔の紅葉
  3. 清滝寺
  4. 裏見の滝
  5. 浄光寺のお地蔵様
PAGE TOP