滝尾稲荷神社

滝尾稲荷神社

滝尾稲荷神社 は滝尾神社と同じ時期にやはり、弘法大師空海によって建てられました。当時は神仏習合だったので、さらに神様の種類も今のように区別がなかったでしょう。滝尾稲荷神社のご祭神は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)です。稲荷大明神とも言います。現在の建物は昭和43年に再建されたものです。

伝説

昔、滝尾上人が朝のお供えを忘れると稲荷大明神が化けて出てきて催促したというエピソードがあるそうです。

食物の神様

お供物を催促するなんて、ちょっと可愛い面のある神様ですが、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)は「食べ物の神様」という事なので、お供物は譲れないものだったのでしょう。
迦之御魂神(うかのみたまのかみ)は八百万(やおよろず)の神々の中でも代表的な食物神です。その食物とは「稲」でした。稲荷とはその「稲」の文字が変化したものだそうです。

農耕神から諸産業の神様へ

このように最初は「稲」から始まった「農耕神」であるお稲荷様ですが、仏教と結びついたり、その他の神様と、一緒になったりするうちに「商業の神様」となっていったそうです。

願い事はなんでも可能

素晴らしいですね。願い語はなんでも可能という滝尾稲荷神社です。

素晴らしいですね。願い語はなんでも可能という滝尾稲荷神社です。

五穀豊穣、商売繁盛、家内安全、芸能上達、などなど、願い事はなんでも可能だというなので、やはりここは滝尾稲荷神社でしっかりとお願いをしておかなければと思います。ましてや、滝尾神社は「もう一つの日光」と評されてるように、「知る人ぞ知る」っといったような通の神社という感じです。なので、人も少ないので、しっかりとお願いしておくことをおすすめします。

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